2012年5月 6日 (日)

harmonia ensemble 花~すべての人に心の花を

harmonia ensemble 花~すべての人に心の花を

日時 ;平成24430日(月) 15:00

場所 :トッパンホール

演奏 :harmonia ensemble

解説 :花井哲郎

曲目 :

 1.オルランド・ディ・ラッソ :「楽しいこだま」
2.ジョスカン・デ・プレ:「喜んでください、キリストの母であるおとめよ」

 3.トマス・ルイス・デ・ビクトリア:「恐れるな、マリア」「天の元后」  
5.ヤコブス・ファート:「おお、なんと栄光に満ち」 

 6.クレマン・ジャヌカン:「かわいいニンフ」 

 7.ギヨーム・コストレー:「恋人よバラを見に行きましょう」 

 8.クラウディオ・モンテヴェルディ:「わたしは若い娘」 

 9.ヘンリー・パーセル:「わたしの祈りを聞いてください」 

10.小倉朗:「ほたるこい」 

11.スティーブン・リーク:「コンダリラ」     

12.ロバート・ピアーソル:「花飾りをおき」 

13.フランシス・プーランク:「私の魂は悲しみに満ち」 

14.ダミアン・モチニク:「キリストがお生まれになった」  

15.柴田南雄:「追分節考」  

16.三善晃編曲:「ソーラン節」          

17.喜納晶吉、信長貴富編曲:「花」

他、スロベニアの曲

感想 :

 やっぱり、ハルモニアはいい。 素直な声で訴えかけてくるから聞いていても心地よい。 しかも、指揮者がいないから曲毎に曲想が違うので、次はどういう演奏をしてくれるのかと聞くものをワクワクさせる。 でも一番良いのはとにかく、皆、楽しく歌っているのが良い。 前半はボクの好きなバロック。 花井哲郎氏の話もうまく相まってとても良かった。 この両者はかなりの信頼関係を築いていると感じられた。 個人的な要望として、パーセルで神に訴えかけている「cry」をもっと歌い上げて欲しかった。 後半はヨーロッパ・グランプリ大会に参加した時のレパートリーが中心。 さすがこちらの方が練習しこなれているせいか素晴らしい出来栄え。 コンダリラはもうお手のもので世界中のどの合唱団よりも自信を持って歌っているようだ。 追分節考は深見が出てくると東混に匹敵するような演奏になるのではないかと思う。 
 今まで素晴らしいと手放しで褒めていたが、2点ほど無い物ねだりの気づいた点がある。 一点目は、声だけを聴いていると素晴らしいのだけど発声、特に呼吸が浅い気がする。 彼らは何れ、声楽を専門、もしくはそれに相当する職業に就くことになるだろうからそのことを考えると発声が浅いのが気になった。 2点目は、曲の終わりや決め所を1本の線で結び昇華するようなハーモニーを追求してほしい。 各パート、音は合っているし声も確かに良いが、最後のハモリが甘い気がする。 もし、縦の線がビシッと決まって昇天するような音が出せたらタリススコラーズにみる観客の誰もが「ゾクッ」とするような演奏が得られるのではないか。 是非、そこを目指してほしいし、そのような団体はハルモニアしか日本にはいないと私は思っている。 
 それにしても、この合唱団はすきだなあ!

2012年5月 3日 (木)

桐蔭フィルハーモニー管弦楽団 春期定期公演

○桐蔭フィルハーモニー管弦楽団 春期定期公演

日時 :平成24430日(月) 13:30

場所 :豊島公会堂

演目 :

 シュトラウスⅡ世   喜歌劇「こうもり」序曲(指揮:木村元気)
 
チャイコクフスキー  組曲「眠りの森の少女」よりワルツ(指揮:下野谷涼子)

 メンゼルスゾーン   交響曲第5番「宗教改革」(指揮:吉田翔)

感想 :

 桐蔭と聞いて他の学校を思い浮かぶ人もいると思いますが、ここでは筑波大学附属高校のことです。 筑附は「自主・自律・自由」と掲げられているとおりこの学校の特色はまず、何にせよ生徒が自主的にやることが前提に立っている。 今年の3年生は121回期生、そして最後の演奏会。 確かに指導者がいないのでおぼつかないところもあるが、それでもとにかく自分たちで何かを創り上げようというのが分かる。 そんな演奏だった。 きっと大学に入っても演奏を続けるんだろうなと感じるし、これからの活躍を期待したい。 息子も来ていて、もしオーケストラに入ったら何の楽器がしたいと聞くと「チェロ」と応えた。 よ~し、じゃあここに入れと激飛ばすと「それはない」と即答される。 

 

2012年4月15日 (日)

電子辞書

中三になる息子から誕生日プレゼントに電子辞書を買ってくれとせがまれた。 広辞苑、古語辞典、英和、和英、英英、高校で網羅する世界史、日本史、政治・経済、倫理、数学、英会話などこれ一台あれば参考書はいらないと言わんばかりの内容が収まっている。 調べ方も簡単で辞書などは力づくで調べるものだと思っていた我々の世代とは違う。 もっと驚いたのは、学校には辞書を持っていかず電子辞書を持っていくのだそうだ。 僕らの世代は、辞書に赤線を引いてあれは何ページに載っているなどとやったものだが、それにしても勉強の仕方も変わってきたものだと感じた。

2012年3月18日 (日)

こーる・あづまばし 20周年記念コンサート

日時 :平成24年3月18日(日) 14:00
会場 :上野学園 石橋メモリアルホール
指揮 :清水昭  ピアノ:奥田和
ソリスト :柳元幸子 木下泰子 宮本英一郎 村山岳
曲目 :
 
 愛燦々   編曲:信長貴富
 混声合唱組曲「すみだがわ」より   作曲:池辺晋一郎
 混声合唱組曲「いのちとこころと・・・」   作曲:池辺晋一郎
 希望の島    作曲:Mark M Jones
 涙君さよなら  作曲:浜口庫之介
 お早うの朝   作曲:木下牧子
 木を植える   作曲:木下牧子
 「ヴィヴァルディが見た日本の四季」~混声合唱・ヴァイオリン・ピアノのための~   編曲:信長貴富
 「ミサブレヴィス」   作曲:W.A.モーツァルト
 アンコール:ゴンドラの唄   編曲:林光
感想 :
 この合唱団を聴いて、こういう年の取られ方も素敵だなと思った。 皆さん、それぞれに楽しそうに歌っている。 聴いていてホッとする。 そんな演奏だった。 それを繋いでいるのは指揮者の清水昭氏。 自由に歌わせて、決めるところは決める。 指揮者と合唱団が良い感じを築いている。 

 驚いたのは2点。
 1点目、アンコールに林光氏の日本の叙情歌を演奏したが、間奏にヴァイオリンを入れたのがとっても効果的で素敵だった。
 2点目、新しくなった石橋メモリアルに来た。 以前のホールも素晴らしく、室内楽に適したホールだったが、今度はホールは前にも増して演奏しやすい音楽ホールになっている。 音響も良く、聴いていても柔らかい響きがした。 良いホールだ。

 ボクもどれだけ歌えるかわからないが、彼らのように幸せで歌いたいと思う。

ハルモニア・アンサンブル&波多野睦美 ~高橋悠治を歌う~

日時: 平成24年3月11日(日) 19:00

場所: 牛込箪笥区民ホール

出演: 波多野睦美、ハルモニア・アンサンブル

曲目:

 アメージンググレース    (イギリス賛美歌)
 甘い愛が呼んでいる     (ダウランド)
 行け水晶の涙よ
 おいで深い眠り
 主よ私の祈りを聞いてください(パーセル)
 サリーガーデン       (アイルランド民謡/寺嶋陸也編)
 それは恋人たち       (スウィングル)
 シェナンドー        (アメリカ民謡)

 京都の一月         (高橋悠治)
 天の女王よ 喜びませ    (ビクトリア)
 花冠を置いてください    (ピアサル)
 私の魂は          (プーランク)
 鳥籠            (高橋悠治)
 アンコール(花、故郷)

感想:

 3.11の追悼歌、アメージンググレースから始まった。 深く深く心に染み入る歌に心が震えた。 代表の人が「震災を前にして音楽が何かできるかと思ったが、実際には音楽は無力だった」というような事を話されたがこのアメージンググレースを是非とも震災に見舞われた方々に聴いて貰いたかった。

 

 波多野さんとハルモニアはとても良好な関係を保っていると感じさせた。 コンサートでありがちな一人の素晴らしい音楽家に頼る訳もなく、お互いを刺激しあって主張するところ主張し、交じわるところは交わり素晴らしいコンサートだった。 こういうのを聴いてしまうと何故、そこに自分がいないのかと正直嫉妬してしまう。

 高橋悠治氏の新作を2曲演奏。 プログラムに「演奏家の思い込みはいらない。 演奏家はただ、作品のあるがままの姿を伝え、その作品を解釈するのは聴き手に委ねるべきだ」という高橋氏の話が掲載されていた。 以前、彼の新作を演奏する機会に立ち会ったが同様なことを言われた。 この言葉は演奏家に取っても観客に取っても本質を突いた言葉であろうと思う。 演奏家の中には曲をヘタにこねくり回したりする人もいるが、作品に素直に対峙する演奏の方がすっとカラダの中に入ってくるような気がする。 久しぶりにみる高橋悠治氏は相変わらずネコをそのまま2本足で歩かせたらと思わせる歩き方でお元気そうで何よりだった。 サリーガーデンを編曲した寺嶋陸也氏の顔もあった。

それにしてもハルモニア・アンサンブルのレパートリーの広さに驚かされる。

合唱団ゆうか 第6回演奏会

日時: 平成24年3月10日(土) 15時30分

場所: 第一生命ホール

指揮: 藤井宏樹 ピアノ:服部真由子

合唱: 合唱団ゆうか

曲目:

Mass for Four Voices(四声のミサ)」 ウィリアム・バード作曲

5 Gesange op.104(五つの歌)」    ブラームス作曲。
 
Singet dem Herrn ein neuen Lied」  J.S.バッハ作曲。
 
「混声合唱のための 五柳五酒」     三善晃作曲

感想:

ゆうかってもう20年も続いていると知って驚いた。 その驚きは団員層を見るといつも若いメンバーがいるからかも知れない。 新陳代謝が良いということだろうか。 ボクの知り合いもだんだんいなくなってもうそんなに時間が経ったんだねと感じた。 藤井さんを中心に相変わらずの巧さだけど、やはり声は変わってきているなと感じた。 以前、誰が言ったか忘れたが、観客を椅子に縛り付けるほどの音圧で圧倒させてきたが、近頃はそれに代わり歌唱力(歌い回しと言った方が適切かも)がついてきたように思う。 これも藤井さんの指導の賜だろう。

ゆうかは、山梨と東京と練習を行ったり来たりしていたが今回から、山梨ゆうか、東京ゆうかと別々に別れて活動するようである。 1stは山梨ゆうか、2stは東京ゆうかの演奏。 各々だけで聞くと少し線が細いという印象を受ける。 3stはゆうかで是非この曲を歌ってほしいと願っていたバッハのモテット。 藤井さん、万全を期してこのモテットをコンチェルティスト方式で演奏。 ソロの人が集まる前は少し硬い演奏のように思えたが、その後は見違えるような出来栄えで良かった。 多少、テナーの歌い回しで不満もあったが音楽が良かった。 藤井さんはこういう風にモテットを振るのか。 4stは先日の樹の会で演奏した「五柳五酒」。 これはもうお手のもので言うことなし。 

ボクはゆうかのサウンドが本当に好きだ。 山梨、東京と別れてもこのサウンドを保ってほしい。

2012年2月27日 (月)

川村尚子ピアノリサイタル

~休日の午後に燦めくピアノの響き~

日時:平成24年2月26日(日) 15時
場所:所沢MUSE アークホール
ピアノ:川村尚子
曲目:
 ショパン:舟歌
 ショパン: ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58
 プロコフィエフ:バレエ「ロメオとジュリエット」より抜粋
 プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第6番 イ長調 作品82
 <アンコール>
 プロコフィエフ:「つかの間の幻影」より 第7、10番
 
 プロコフィエフ:バレエ組曲「シンデレラ」より
感想:
 日本のピアノ界を背負って立つであろう川村尚子さんのピアノを一度は耳にしておきたかった。 席は1F中央奥、ピアノを聴くには少し遠い。 舟歌を弾き始めると、ボクの右耳がウォンウォンしてまるでお風呂の中で音がこもっている感じを受けた。 初めはホールの席のせいか、川村さんがペダルを多用しているせいかなど思ってしまったが、実はボクの耳の調子がおかしいことに気づき結局、ショパンはよく聴くことができなかった。 休憩後のプロコフィエフになると耳も治り、しっかり聴くことができた。 彼女は若いにも関わらずしっかり音楽を持っていて、それを表現しているところが良い。 どちらかと言えば骨太の音楽をそのままドスンとストレートに弾くプロコフィエフの方が彼女に向いていると思われる。 一緒にいた家内はまとまり過ぎているというが、ボクはこれだけ安心して弾ける(聴ける)というのは並大抵の才能ではないと感じた。
 

2012年2月 5日 (日)

歌譜喜 1st Concert

 とても興味あるコンサートが開かれるというので、「歌譜喜」という団体を紹介したい。 富本泰成さんのHPから引用するが、キングス・シンガーズの曲を歌ってみたいことから集まったメンバー。 彼の実力からするとものすごいメンバーが集まると思う。 聴いたことないくせに、こう言い切る自分もすごいが、あのメンバーの集まりだったら間違いなくうまいしエンターテイメント性も兼ね備えているので必ずや良いコンサートになると思う。 振り返るとボクらも、キングス・シンガーズにあこがれ、何曲かカバーして歌った(結構、うまかったんだよ)。 今、思い出しても懐かしい。 年度末なので仕事柄たぶん行けないが行ける人は是非行って、若い彼らを応援してください。

2012年2月 4日 (土)

合唱指揮者⑤-これからの指揮者

 とりとめなく書いてきたが、ボクが思うこれからの指揮者像を書いてみたい。

1.指揮法の勉強
 まず、指揮法の勉強をきちんとしてほしい。 とかく合唱だから見よう見まねでできると言っておろそかにする人が多いが(今まではそれで何とかなったがこれからは違う)、それは間違いである。 指揮者が歌う訳ではなく、合唱団が歌う訳で指揮で物を言わなければ失格である。 もっと言えば、「呼吸を振る」のである。 そのために指揮法の勉強は不可欠である。 師事する先生はできればオケも振れる人が良い。 理由としてオケの指揮者は曲の全体構成から考えてから音楽を組み立てるからである。 音楽を感じられない指揮者はホントに魅力がない。 

2.楽譜を深く読む
 先に書いたが、簡単に手に入る音源をもとに音楽作りする人がいるがそれは間違いだということに気づいてほしい。 楽譜がすべてという基本認識に立ち戻ってほしい。 音楽の深さを追求しなければ指揮者の存在価値が薄れてしまうのである。

3.音楽の追究
 指揮者には遠い先の理想とする演奏(音楽)を求めてほしい。 孤高の音楽と言って良い。 今は合唱団がついてこれなくても指揮者が目指している音楽がわかればいつかは合唱団がついてくるのである。 それがある程度までくると、指揮者と合唱団の関係も充実して演奏すること自体楽しくなる。

4.歌曲を聴いているような合唱団
 これだけのレベルになると、今後どうしていったら良いか悩むところであるが、合唱ではあるけれど歌曲を聴いているように、歌い回しができる合唱団が求められてくるのではないかとボクは思う。 声が良いだけじゃない本当にうまいと感嘆する合唱団の出現が望まれる。

5.客観的に捉える能力
 音楽という魔物は、演奏するものも聴くものも虜にしてしまう。 美しい音楽であるほどその傾向は大きい。 指揮者は歌わせるのであって、自分が歌ってはいけないのである。 一見良さそうに見えるがそこに落とし穴があって、指揮者が音楽に酔うと観客は興ざめしてしまう。 もうひとりの自分じゃないけど、少し距離を置いて自分を見れるようにすることが求められる。 それに関連することで、本番のホールの鳴りに即座に修正がきくようにすることも必要だ。

 以上、つらつら書いてきたが、合唱団からみた指揮者、作曲家の存在、オーケストラとの共存などまだたくさん振れてないこともあるが、今回はここまでとします。

                                                   おわり

2012年2月 3日 (金)

合唱指揮者④-指揮者の存在意義

 近頃、合唱指揮者の存在を脅かす団体が登場してきた。 「Harmonia Ensemble」と「秋田東中」。 何れも指揮者なしだ。 しかも演奏水準は極めて高い。 正直、これだけの演奏をされると合唱指揮者はいらんと言われても反論はできないだろう。 でもよくよく聴くと、彼らの演奏の隠された一面に合唱指揮者の存在を見いだすことができる。 それを挙げてみる。
 彼らの演奏の一番良いところは、団員全員でアンサンブルを楽しんでいることだ。 とかく指揮者がいると、その手中に音楽を填め込んでしまいその楽しみに制限を加えてしまう。 逆に指揮者がいた方が良いと思うことは、指揮者なしでできない残り数パーセントの音楽の極めを貫くことができること。 ただこれは非常にハイレベルな音楽性が指揮者に求められる。 しかし、指揮者なしでここまでの演奏をされてしまうと指揮者の存在はそこにしか生まれないのである。 今の指揮者たちは、彼らの存在を意識して活動して貰いたい。    
 

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