三浦洋一氏 死去
世界的なピアニストの三浦洋一氏が亡くなった。 三浦氏は、伴奏専門で声楽家のリサイタルだけでなく、合唱の伴奏者としても活躍された。 私は、慶應ワグネルソサエティーなど何度か演奏を聴く機会があり、何れもすばらしかったと記憶している。 また、故福永陽一郎との間に日本の合唱曲の録音を多数残している。
ご冥福をお祈りします。
世界的なピアニストの三浦洋一氏が亡くなった。 三浦氏は、伴奏専門で声楽家のリサイタルだけでなく、合唱の伴奏者としても活躍された。 私は、慶應ワグネルソサエティーなど何度か演奏を聴く機会があり、何れもすばらしかったと記憶している。 また、故福永陽一郎との間に日本の合唱曲の録音を多数残している。
ご冥福をお祈りします。
コートの襟を立て、凍えた両手に息を吹きかける。 都会のビルの狭間から出てきた猫が残飯をあさっている。 人の気配を感じ、慌てて逃げる。 その向こうに、若い二人が肩を寄せ合って、時折り顔を見合わせながら歩いている。
かれこれ20年以上も前になる。 学生時代、朝までバイトしていた。 一緒に働いていた奴が車を持っていて(結構、羨ましがった)、明け方、そいつの車で環七をぶっ飛ばして走った。 いつか彼の部屋に行き、「十七歳の地図」なにかのプロモーションビデオを見せられた。 ゴムなのかネバネバしたものから尾崎自身が立ち上がってくる。 一見気味悪いビデオを今でも覚えている。 尾崎信者とも呼べる熱狂的な彼は、ボクに一生懸命、尾崎の良さを語るのだが、その当時のボクにはわからなかった。 あれから時間が経って、尾崎の曲も知るようになって、尾崎自身の情熱の模索も少しでもわかるようになって、また尾崎の曲を改めて聞く。
いいんだよ、怯えなくいいんだよ、ゆっくりゆっくり、食べていいんだよ。 と猫たちに話しかける。 尾崎の甘く、乾いた声は、都会の静けさに似合う。
あけましておめでとう ございます。
みなさまにとり、良い年でありますようお祈りします。
年末年始は、山梨の実家に戻る。 当初は、都内でもブラブラしようかと練っていたのだが、愚息の「お年玉計画」の策略に填り、渋々行くこととなった。 元旦には、山中湖と河口湖を回り、形の違う美しい富士山を見ることができた。 満天の星空も良かった。
今年は、世間も大変だが、来年に迫った愚息の受験に私ら家族もかなり振り回されそうだ。ともあれ、家族元気で過ごすことを念頭において頑張っていきたいと思う。
今年もよろしくお願いします。
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