2009年9月 7日 (月)

ゴーギャン展

東京国立近代美術館で開催されている「ゴーギャン展」を観に行った 目的は「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」。 精神的な遺書とも言えるこの絵は、メッセージ色が強く、何かしら私に訴えかけてくるのだが、何を訴えているのかわからない。 「天地創造」にもみえるし、「レクイエム」や「生と死」のようにもみえる。 同じような感想を家内も持ったようだ。 独創的な特徴ある輪郭、そして色使いに圧倒されるばかりで私の想像をはるかに超えている。 東京にしてはかなりゆったりと観ることができ満足だったし、東京駅までの無料シャトルバスもありがたかった。

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2009年4月19日 (日)

美術館でのマナー

久しぶりに美術館に行った。 入場制限しているだけあって人も多い。 「各地いろんな美術館はあるけれども、興行としての美術館は東京などの大都市しか存在しえないのか」といつもどおりのことを思いながら並ぶ。 20分ほど待って中に入る。 「(やはり)絵ではなく、人の頭を見に来てしまった」とまた思う。 そんな混んでいる時にいくつか目に余る光景があったので書いてみる。
1.ただでさえ混んでいるのに手を繋いで見るのはやめてほしい。  迷子にならないように手を繋いでいるのはわかるけど歩くのに支障をきたす。 ただ腰に手をやりいちゃついているカップルは、はなはだいかん。
2.美術館で大声をださないでほしい。 特におばさま方のおしゃべりは耳に触る。 たしかに年を取ると耳が遠くなり声も大きくなるのだが、場所をわきまえてほしい。
3.どかどか割り込んでくるのはやめてほしい。 これもおばさま方が多いのだが、バーゲンセールではないのだからと言いたくなる。

本来なら、平日に行くなどしてゆっくり楽しみたかったが、サラリーマンである以上、ままならない。 一体どうしたらこういうもやもやは解消されるのだろう。

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2008年10月14日 (火)

Nコン全国大会中学の部

11日は仕事、12~13日は旅行と留守していたものだから帰宅後、録画を見た。 
課題曲「手紙 ~拝啓 十五への君へ~」に始まり、アンジェラ・アキで終わった感じがする。 良かった、何時になく盛り上がった。 一曲の課題曲がこうまで慕われて歌われてホントに良い曲が生まれた。 全体合唱で歌われた「サクラ色」も良く、中学生のレパートリーが増えたことは喜ばしい。 この課題曲は、歌いやすいと思われがちだが、実はテンポ設定が非常に難しい。 出だしからマジメに歌いすぎるとベターッとなってしまい、曲本来の良さを打ち消してしまう。 少々アップテンポでさらりと歌い始め、後半に持っていく方が自然な演奏ではないかと思う。 その点、郡山第二、栄東は良かった。 結果、課題曲をうまく歌ったところが上位に入った。 最後に感謝の意味も含め、アンジェラ・アキさんがピアノ弾き語りで歌う「手紙 ~拝啓 十五への君へ~」は、観るもの、聴くものを虜にさせ、中にはその詩に自分をダブらせ、涙を拭う人もいた。 もうこんな全国大会はないのではと思わせるほど、良かった。 

ps1 交通事故で心配されていた大谷研二さんが元気になられたのは、合唱を愛する人にとってとても喜ばしい。 
ps2 そうそう、NHKのwebが充実してきたのは嬉しい。 過去の課題曲の紹介で、山形西や八潮高校などの演奏が聴ける。 また、地区大会などの演奏も聴けるのも素晴らしい。 
ps3 高校の部は、来年の千原英喜さんに大いに期待しよう。

 

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2008年8月14日 (木)

フェルメール展

 現在、東京都美術館で開催されている「フェルメール展 光と天才画家のデルフトの巨匠たち」に、家族で行った。 とかく東京の美術館は、人の頭を見に行くのではないかと思ってしまうのだけど、偶然にも(東京にしては)空いていた。
 絵画好きであるにも関わらずM妻は、写実主義の作品にはあまり興味を示さない。 しかし、息子は、昨年、新国立美術館で観た「牛乳を注ぐ女」が気に入ったのか、興味を示した。 
 フェルメールの良さは、何と言っても窓から差し込む光に照らされる人物の精巧な描写だと思う。 今回の出展作品の中では、「手紙を書く婦人と召使い」「ヴァージナルの前に座る若い女」が当てはまる。 フェルメールの作品は、その精巧さに吸い込まられそうになり、気づくと窓から差し込む光の焦点と一致する。
 息子は、前回のような衝撃はなかったようだが、だんだん目が肥えているとみえて、いろいろとこれは良かったとか悪かったとか言うようになった。 好みは人それぞれだから、できるだけ否定しないように、うんうんうなずきながら話をする。 
 ボクは、フェルメール作品三十数点の内、9点観たことになる。 こうみると日本って良い国なのかもしれない。

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2008年6月23日 (月)

石の美術館

建築家 隈研吾氏は、「馬頭町広重美術館(2000)」「那須歴史探訪館(2000)」「宝積寺駅舎(2005)」「作新学院大学(2000)」「ちょっ蔵広場(2006)」と栃木県に多くの作品を残している。 今日、「石の美術館(2000)」を訪れた。 宇都宮から車で1時間半。 こんなところに美術館?と案内板がなければ、素通りしてしまうほど街に同化している。 
多くの建築物は、建物が地域を創ってきたように建築家の主義、主張、個性が特出している。 それが悪いとは言わない、時として時代が求めた時期もあったのだから。 実際、隈氏も「M2」のような、過去の建築手法を用いた作品も残している。 しかし、やれ環境だ、箱もの不要論だと叫ばれている昨今は、どうだろうか。 近頃の作品は、その地域や制約(スペース、金銭......)に同調させている。 それが「まける建築」と言われている所以である。 彼の作品に触れると民家にみる「落ち着き」を感じさせる。 作品は、地面(地べた)を意識し、ルーバーからの光を巧みに取り入れている。 小津安二郎の映画にみるローアングルに似ている。 これは面白いし、今後、個人住宅でも多く用いられる手法だろう。 
美術館に「石蔵ギャラリー」の部屋があり、石で積み上げられているのだけど、天井が程良く高く、残響が良い。 日本のあちらこちらにある音楽ホールと外国の(石作り)教会の中間的な響きがする。 ここで小さなリサイタルなどできれば素敵だなと思い、人気(ひとけ)がないことにリートを歌う。 う~ん、響きが心地よい。 小アンサンブルなら最高ではないか。 レコーディングに使っても良い。 
石って重厚な素材だが、それをそう思わせない隈氏の手法に驚く。

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2007年10月29日 (月)

新国立美術館

 昨日、台風の中、家族で訪れた。先日亡くなられた建築家 黒川紀章の最後の完成作品。ボクは二回目だが、ガラスを多く使い波を意識した正面、樽を逆台形にしたインパクトある喫茶室が面白い。フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展。目的は、当然フェルメール。フェルメールの絵は、30点ほどと少ないがどれも写真を見るような精密画で、また贋作も多いことで知られる。息子は何を血迷ったか、ガイド音声を借り、ひとつ一つ丁寧に絵を見ていった。こいつ、こんなに絵がスキだったのか?(彼の書く絵はとても下手) 見終わって感想を聞くと、「牛乳の絵が一番良かった」と答える。親としては少しホッとする。実は、平成11年に東京都美術館で開かれたNGA展で「手紙を書く女」を見ている。その頃の息子は、まだよちよち歩きで当然わからないが、もう人生の中でフェルメールの絵を二枚も目にしている。息子が絵画スキだとは正直考えづらいがいつも何かしら芸術に触れていてほしい。

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2007年8月19日 (日)

金比羅宮書院の美

 東京藝術大学美術館で催されている「金比羅宮書院の美」を観に行った。円山応挙、伊藤若冲、岸岱らの作品が飾られていた。
 「遊虎図」円山応挙は、ぷっくりした虎たちが、こちらを睨んでいる。良く描かれている。恐いのだけど可愛い。こんな襖の中で寝ていたら、どうにもこうにも寝苦しいに違いない。
 「水辺柳樹白鷺図」岸岱は、水辺に降り立つ白鷺の様が優雅。何十畳もある大広間で、この作品と対峙したら圧巻間違いなし。
 「花丸図」伊藤若冲。近年、再発見・再認識された若冲の絵は、徹底した自然描画が特徴だろう。整然とした中にも、観るものにドキッとさせる怖さがある。しかし「花丸図」には、残念ながらそのようなものは観られなかった。

 今回気になったのは、キャノンの高性能大型インクジェットプリンターで複製したものを展示していたこと。技術が凄いという方もおられるだろうが、本物に触れたいがためにわざわざ来たというのに、何の意味があるのか。しかもこれが藝大美術館という日本の美術の象徴という場所で公然として行われていたのはショックだった。

HP:http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2007/kotohiragu/kotohiragu_ja.htm

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2007年7月 7日 (土)

俳句でエール!

 俳句の女流作家 黛まどか という人をご存じだろうか? 
 ボクは、俳句とは縁遠いし、解らないのだけど、平日の毎朝、「行ってきま~す」という感覚で、彼女が選んだ俳句、一句をメルマガで配信してくれる。
 昨年末に登録して以来、毎日楽しみにしている。
 彼女の解釈もステキ、送られた俳句を、その日の自分に重ね合わせ、勇気をもらう。
 雑踏とかけ離れ、忘れかけた四季折々の言葉をもしよろしかったら、いかが?

HP:http://www.madoka575.co.jp/index.html

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2007年6月21日 (木)

モネ展

 国立新美術館「モネ展」。平日にも関わらず人が一杯だった。驚きだったのは、ツアーバッチを付けた年輩者方が大勢いたことだ。ある女性たちの下世話な会話、「無駄な空間が多いねぇ。 ガラス窓がたくさんあるけど、掃除が大変だわねぇ」と。クスッと笑いながら、私は無駄な空間を見つめていた。会場に入る。東京での美術展は、絵画をじっくり見るより、人の頭を避ける方に気になり正直萎える。「日傘を差す女」の初期のモネは、ふぁーとふわふわした色彩。「睡蓮」は、池にある睡蓮を通じて、池の水に移ったモネ自身の目を移しているんじゃないかなと思った。モネが白内障になり、「睡蓮」もだんだん抽象画になり、最後の方なんて解らなくなってきてしまう。私の家内は、年老いた人たちが見たら、結構良いかもよとなんて冗談半分に言っているが。本当にそんな感じを受けた。20年、30年経って見たら、もっと違う感想を持つかも知れない。

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2007年6月20日 (水)

ル・コルビュジエ展

 キノコのような「ロンシャン教会」に魅了されて以来、コルビュジエの建築に興味を惹かれるようになった。コルビュジエは、当初キュビズムの画家志望であったが、その後建築や家具の設計を行うようになった。彼の最大の功労は、柱部材や階段を使った建築だろう。それまでは石積みや煉瓦などが主流であったのを変えた。コルビュジエ展では、彼の生き様とか、製作過程とか、作品群とかを集中的に見せてほしかった。その期待していた分、中途半端で物足りなかった。

HP:http://www.mori.art.museum/jp/index.html

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2007年6月18日 (月)

ねむの木のこどもたちとまり子美術展

 日本初の肢体不自由児療護施設「ねむの木学園」(宮城まり子学園長)創立四十周年を記念して、今、六本木ヒルズで、『ねむの木のこどもたちとまり子美術展』が開催されている。

 子供たちの絵画や刺繍を見る。

 私は、正直こういうのは弱い。作品にどう対峙して良いか解らないのである。ジッと見ることが出来ないのである。見ているだけで、涙がでてくるのである。足がすくんできてしまうのである。

 この活動の素晴らしさ、大切さ、尊さは頭の中では理解できる。しかし直視できない自分がいる。弱い自分がいる。

HP:http://roppongihills.com/jp/events/nemunoki.html

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2007年6月17日 (日)

青山二郎

 かの小林秀雄が「僕たちは秀才だが、あいつだけは天才だ」と言わしめた男、稀代の眼利きと評された男、青山二郎。そんな青山に興味を持って世田谷美術館を訪れた。
 初め展示物は、青山二郎が集めたものだと思っていたが、建築家 横河民輔の依頼によりまとめた中国陶磁のコレクション図録『甌香譜』からだと知った。

 置かれた物が凄いのか
正直解らないが、その物たちから発せられる神秘なたたずまい、そしてその物たち同士が干渉しあう完全無欠の揺るぎない、しっとりとした空気が館内中を支配していた青山二郎という男がただ者ではないと肌で感ずる。青山は、生涯、職に就くことはせず、骨董品を弄くり、絵を描いたり、本の装飾を作ったりしていた。変な奴だと思うけど、こういう人たちがいて、文化が継承されていくんだなと思う。この展示物の中に身を置いて悠久の時を感じたい、そんな感想を持った。

「青山二郎の眼」展:http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html

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2007年5月10日 (木)

受胎告知

 東京国立博物館でレオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」を見た。以前、ウフィツィ美術館で見たので二度目のご対面となる。
 みなさんは絶賛するが、私にはどこがどう良いのかわからない。確かに絵がうまく描かれているのだけど、どうもダ・ヴィンチが描いたから、ダ・ヴィンチの中では完成度が高く保存状態も良いから、若きダ・ヴィンチの作品だからダ・ヴィンチを知る上で貴重だからと思えてならない。
 私は、絵画とか音楽に触れる場合、まず作品と一対一で対峙する。するとその作品の中にすぅ~っと引き込まれ、肩の力が抜け一種の脱力感におちいる。それで作品と同化してしまう(なって気になってしまう)。何故だかわからないけど、いい作品はそういうものを持っていると自分自身の身体で体験している。ミケランジェロ「ピエタ」を見た時などは足がすくみそうになった。今回の「受胎告知」ではそういったものは感じられなかった。天使ガブリエルの纏う衣の色彩、折れは素晴らしいと思ったけど。
 きっと、私の認識不足なのだろう。ダ・ヴィンチとミケランジェロと比べて見てしまうからか自分でもわからない。

 天使が右手を挙げて告知をしている指先と背景の木々が、カメラを構えてシャッターを押すように見えてならない。ハイ、チーズ!

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2007年3月30日 (金)

狂言~万作の会

○狂言~万作の会

日時:平成1928日(木)18:30

場所:栃木県総合文化センター
演目:狂言「千鳥」「仁王」
出演:野村万作 野村万之介 野村萬斎 石田幸雄
感想
 
先月、初めて狂言を見る。しかも野村万作、萬斎の親子競演。
 萬斎は、テレビでもおなじみで、愚息は「にほんごであそぼ」を欠かさず見ていたし、「あぐり」のエイスケ役は良かったし、「陰陽師」はまさにはまり役で、エンディングで舞った舞はとても恰好良かった。

さて狂言、一言で言えば面白かった。初めてなので最初に石田さんが、狂言について簡単に説明してくれたのが嬉しかった。実は、オペラと同じでどこで拍手して良いか悩んでいたが、まあ単純に面白ければ拍手すれば良いとのこと。

 「千鳥」は、親子競演で楽しめた。太郎冠者(萬斎)が主に酒を求めて来いと酒屋に行くが、酒代がたまっているので売っては貰えない。店主(万作)と太郎冠者とのやり取りが非常に面白く、途中、♪ちーりちりー や ちーりちりー♪とか、お馬が参るとか言い、店主をはぐらかしてどうにかして、酒樽を奪い取ろうとしているが・・・。実に味があって良かった。

 「仁王」は、博打ですってんてんになった二人組が、一人が仁王(万之介)、一人が参拝者(石田)になって、他の参拝者からお供えものをせしめるもの。最後はだまし取ったものをすべて取り替えされてしまう。

 狂言は、最初はすり足で入ってくるので、正直何が始まるのやらと思うのだが、途中からは爆笑の渦。最後のオチがまた面白い。

 狂言は、能とほぼ同じ頃にできたそうで、幽玄の世界から笑いの世界へ導いている。登場人物も能の貴族や歴史上の人物ではなく、太郎冠者みたいな親しみやすいもので一般大衆向き。また足袋が黄色だった。

 それにしても、computerで表現できない世界は、実に人間らしく素晴らしい。こういうものにいつも接していたい。

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